子育てと仕事の両立に失敗した私の話
社会に様々な人がいるように、日本語学校にもさまざまな日本語教師がいます。子育てが一段落してから日本語教師になった人、元々日本語教師だった人が出産を経て子育てをしながら働いている人、独身の人、既婚者でお子さんがいない人、定年退職後・早期退職後に日本語教師になった人、海外での留学経験をきっかけに日本語教師になった人など、年齢もバックボーンも本当に様々です。
私は一般企業で働いてから日本語教師になって、妊娠、出産を経験しました。子育てに関しては今も継続中です。結論から言うと、私は子育てと仕事の両立に失敗しました!子どもの成長と仕事量のバランスがうまくとれなかったからです。この反省を大いに生かして、現在は無理のない範囲で仕事を続けています。
日本語教師として長く働いていきたいと考えている方は、子育てと仕事を両立しながら日本語を教える時期が来るかもしれません。
私の個人的な経験と感想ではありますが、どんな生活になるのか、どんなことが大変なのか等を書こうと思います。どなたかの参考になれば幸いです。
生まれてから1歳になるまで
妊娠前から非常勤をしていた学校に、子どもが生まれてから半年後に非常勤として復帰しました。1年間休んでからの復帰となりました。
不安だったこと
授業準備の時間が確保できるかどうか、子どもが保育園に行くのを嫌がらないか等、働き始めてからの生活が想像できませんでした。どんなふうに働けるかわからなかったし、不安だったので、まずは週に1日90分×2コマ(午前)から始めました。3か月後には週に2日で1日90分×2コマ(午前)に増やしました。初級前半クラスを担当したこともあって、初めて教える文型がほとんどなく、一から準備をしなくてよかったので、できたんだと思います。

保育園
当時は待機児童の多さが全国的に問題になっていて、私が住んでいた地域も待機児童が多くて、希望の保育園に入れないと言われていました。フルタイムの人が預けたいのに預けられない子ども=待機児童。私は非常勤なので、初めから認可保育園は選択肢に入れていませんでした。1歳になる前の子どもを預けられる認可外保育園をピックアップして、何か所か見学しました。幸い、うちから車で10分のところに小規模でアットホームな保育園があり、そちらのお世話になることにしました。
週に1日働いていたときは、授業の日だけ預けていました。ですから、授業の準備は残りの6日間に少しずつするか、まとまった時間を確保して準備をするかのどちらかでした。実際はほとんど後者でした。子どもが起きている日中には子どもを放って準備できないし、夜は子どもを寝かしつけるタイミングで私も寝てしまうからです(泣)。夫が休みの日に、時間をもらって集中して授業の準備をしていました。
授業が週に2日になったときは、その都度払う保険料の合計と1か月の保険料にあまり差がなくなったので、月契約にしました。それから、月契約にしたもう1つの理由は、この頃、次年度から常勤になることが決まったからです。お世話になっていた教務主任の先生が年度末に退職することになり、常勤講師に私を推薦してくださったとのことでした。
授業がある2日間だけではなく、準備の時間を確保するためにプラス1日預けて、準備の日にあてていました。授業と準備の日は仕事モード、それ以外の日は子育てモード。切り替えがしっかりできたのがよかったと思います。
そういえば、この時期、授業開始5分で保育園から学校に電話があり、教務主任の先生に代講してもらったことがありました。授業開始5分ですから、その日の文型の導入すらしていませんでした。
1歳から2歳になるまで
常勤 週4日で時短勤務
非常勤としての勤務が長かったこともあってか、個人的な事情を最大限に配慮してもらえ、常勤ではありますが、週に4日、退勤時間が30分早いという勤務形態になりました。
夫は午後11時頃出勤して、夜は1時過ぎに帰宅していたので、朝子どもを保育園に預けに行くのは夫の役目でした。夕方のお迎えは私がしていました。
大変だったこと
常勤初日の前夜に子どもが熱を出した。
職場復帰するときのあるあるですが、常勤としての出勤日の前夜に子どもが熱を出しました。私の緊張が伝わるんでしょうか。春休み中で授業がまだないということもあり、私は1日休んで仕事に行きました。

月に1回は発熱
午前中、夫が動けたのはとても大きかったです。子どもが熱を出したときは、夫が朝イチに病児保育を予約してから、併設された病院へ連れて行き、病児保育に預けてくれていました。お迎えは私が行っていました。一度熱が出ると4、5日は続くので、熱が出た週は病児保育通いとなっていました。
5日間入院
高熱で子どもが入院したことがありました。正直、入院している間だけでも仕事を休みたかったです。でも、ただでさえ授業数が多い常勤の先生に、私が休んだ授業をお願いできるはずもなく… 遠方の母に来てもらって、入院の週を乗り切りました。
授業準備
授業準備のための時間を確保するために、朝(夜?)2時に起きていました。子どもを寝かしつけるのが8時半から9時頃で、私も一緒に寝ていました。夫が帰宅するのが深夜1時頃だったので、2時頃に起こしてもらって、授業準備をしていました。

この年度、常勤は全クラスの授業を担当するという謎ルールがあって、初級~中級まで5クラスで授業をしていました。中級の授業の経験が少なかった私にとって、授業準備が負担になったのは言うまでもありません。
2時から5時まで授業準備をして、洗濯を干して、朝食を準備して… 実はあまりこの頃の記憶がありません。2時に起きていたのが辛くなり、年度の終わり頃には4時に起きるようになっていたと思います。
絶対におすすめしない
結論から言うと、子どもが1歳のときの常勤は絶対におすすめしません(泣)。
これもあるあるですが、子どもは保育園から流行りの病気をたくさん持って帰ります。一度熱を出すと、1週間は体調がぐずぐずになり、病児保育のお世話になることとなります。そして病児保育に預けられなかったら、親が仕事を休むこととなります。日本語教師が仕事を休むということは、授業をする人がいなくなるということです。必ず待機の先生が複数いる学校ならいいですが、たいていはどの学校も常に人手不足。授業をする先生が確保できないかもしれません。待機の先生がいて、準備は必要です。その日の朝に「休みます」とは、当時に私にはなかなか言えません。
子どもが熱を出しているのに、側にいてあげられないのは、親として本当に辛いし、情けなく感じていました。こんな思いまでして、する仕事なんだろうかと、何度も思いました。
日本語教師を長く続けたいという思いがあって、常勤として腰を据えて働いてみたいと考えていたし、安定した収入を望んでもいました。
でも子どもの成長を待ってから、自分の経験をもっともっと積んでからでも遅くはなかったのではないかと今となっては思います。
同じ生活をまた1年続けるのは難しいと考え、1年で常勤講師をやめました。非常勤に戻ってもよかったのですが、心身共に疲弊していたし、子どもと過ごせる時間を増やしたかったので、退職することにしました。
2歳から3歳になるまで
半年後に復帰
1年間、担任をしていたクラスの学生が2年生になり、「ちゃお先生、また一緒に勉強しましょう」と何度も連絡をもらっていました。また、進路や引っ越しの相談なども個人的に受けていたので、連絡を取っていました。
最初は「しばらくはお母さんをします」と答えていたのですが、子どもも少しずつ成長しているし、私自身の心身も少しずつ回復していたので、自然とまた日本語を教えたくなってきました。ああ、日本語教師という仕事が単純に好きなんだと感じました。
90分×2コマを週に1日
同じ学校に後期から非常勤として復帰することになりました。いきなりコマ数と出勤日を増やすのは不安だったので、週に1日から始めました。
保育園
授業の日のみ、認可外保育園に預けることにしました。常勤の1年間は子どもが1歳だったので、小さい子どもが多い保育園を選んだのですが、今回は2歳後半から3歳の時期だったこともあって、短時間のみ預けられる保育園にしました。たった1、2年の差ですが、自分で歩けるとか、話せるとか、ある程度一人でも食事ができるとか、子どもができることが全く違ったこともあり、候補に挙げられる保育園が前回とは全然違いました。
夫が出勤する11時頃に保育園に預けて、私が仕事が終わってから、14時頃に迎えに行っていました。
3歳から6歳になるまで(幼稚園)
90分×2コマを週に1日
非常勤で90分×2コマ、週に1日働くことになりました。午前のクラスでした。
娘は幼稚園に通っていました。
仕事の日は、朝、幼稚園バスに子どもを乗せてから出勤して、午前中授業。帰宅してから1時間後に幼稚園バスに乗った子どもを迎えに行っていました。
出勤日を週に2日に増やす
これが失敗でした。日本語学校はいつも人手不足。「出勤日を増やせませんか」何度も聞かれていました。いつも断るのは申し訳ない気持ちもあったし、そろそろ増やしても大丈夫かなと思ったのです。
1日は午前のクラスを90分×2コマ、もう1日は午前のクラスを90分×2コマ、午後のクラスを90分×1コマです。
午後のクラスの授業がある日は幼稚園バスのお迎えに間に合わないので、幼稚園に迎えに行っていました。働いている母親が多い幼稚園で、預かり保育があったので、これを利用していました。
復帰1年後、再び体調を崩す
午前のクラスだけの日は、子どものお迎え1時間前に帰宅していました。ちょっと一息ついてからお迎えに行くんですが、ある日、ちょっと横になって休んでから行こうと思っていたら、そのまま動けなくなって寝てしまいました。起きたときには、幼稚園バスのお迎え時間は過ぎていて、スマホには幼稚園からの着信が… 幼稚園に電話をして平謝りして、幼稚園まで車で子どもを迎えに行きました。
お迎えの場所に母親がいなかったということと、他のお友達はお迎えの場所でバスを降りていく中、1人だけバスに乗って幼稚園に戻ったというショックで、何とも言えない悲し気な表情をした3歳の我が子を見た時、「かわいそうなことをしてしまった」と情けない気持ちになりました。

この頃から体調がすぐれない日が続いたり、朝起きられなくなったりしていき、後期の途中ではありましたが、無期限の休みをいただくこととなりました。学生と先生方に迷惑をかけてしまったという罪悪感は大きかったです。が、「元気になるまで休んでください」と快く休ませてくださった先生方には今でも感謝しています。
オンラインレッスン開始
日本語学校だと20人クラスが一般的だと思うのですが、教師1人が学生20人一人一人のエネルギーを受け取るのは、こちらもかなりのエネルギーを使います。授業中に疲れを感じることはなくて、授業のあと、どっと疲れを感じます。
この頃はもう留学生に教えることはないだろうと思っていました。「何かしようかな」と感じるまでは何もしたくなかったし、ただ1日を”普通に”過ごすことを心掛けていました。そうしているうちに、子どもが幼稚園に行っている平日の日中に何かしたいなと思う余裕ができてきて、自分のペースで働けるオンラインレッスンを始めることにしました。

レッスンは1対1のプライベートレッスンです。テキストは会社が用意しているものを使います。私はレッスン前にテキストの内容をチェックしておきます。レッスンではテキストから派生して、どんどん自由会話を展開させていきます。有難いことに、話したい生徒さんには好評で、固定の生徒さんがつくようになりました。
オンラインレッスンは今でも続けています。
6歳から(小学校)
過去の失敗もあり、まだ対面で教えたいという気持ちは全くありませんでした。
この頃、コロナ禍でしたが、オンラインレッスンという性質上、仕事にはほぼ影響がありませんでした。むしろ家にいる時間が増えた生徒さんが多くなったおかげで、一時的には仕事が増えたくらいです。
対面授業に復帰
1か所に集う人数の制限があるなど、行動に制限がかかっていたのが緩和されてきた頃、対面授業に復帰しました。稼働し始めたばかりの技能実習生の研修センターです。常時、技能実習生が滞在している状態ではなかったので、入国があった期間のみ、日本語研修を担当していまいた。
久しぶりに授業準備・授業をしましたが、大変というより楽しい気持ちが勝りました。それに、スポット的に仕事をして少し休むというのが、対面授業を再開するのには、よかったと思っています。

1つだけ改善したいなと思ったことは、時間についてです。子どもが家を出る時間より私が家を出る時間のほうが早くて、子どもの帰宅時間より私の帰宅時間のほうが遅かったことです。できれば、「行ってらっしゃい」と子どもを送り出してから仕事に行きたいし、「お帰りなさい」と迎えたいと思っていたからです。
小学1年生からやらせている家庭はもちろんありますが、私はやらせていなかったので、私と子どもにとってはちょっとしたチャレンジでした。登校時は子どもが鍵をかけて、帰宅時は鍵を開けられるように、子どもに鍵を持たせました。
非常勤 日本語学校
スポット的に入るのは、対面授業再開の第一歩としてはよかったのですが、続けるには難しいという感じがしていました。仕事が集中する期間と、仕事が全くない期間があるからです。これは体力面と、収入面のどちらからも言えることでした。
細く長く、無理しない範囲で(同じ失敗は繰り返したくなかった…)働こうと思い、非常勤として日本語学校で働くことにしました。以前働いていた日本語学校がある県から引っ越していたので、新たな環境での再出発となりました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。失敗だらけの経歴でお恥ずかしいのですが、改めて自分のことを書いてみて感じたのは、実力以上のことはできないということです。自分自身の能力はもちろん、子どものことを含めた環境の中でできることをしていかなければならないなあと思います。

